先日父親が他界したため、家族葬を行いました。通夜と葬儀を行うのに、葬儀屋とお寺にお願いをしました。
いろいろ想定外なアクシデントはあったのですが、最もビックリしたのは、お寺の住職が通夜に1時間近く遅刻してきたことです。
住職が通夜に遅刻なんて前代未聞!聞いたことないです。
葬儀屋の担当者も10年勤めてきた中ではじめてのことだったと言っているレベル。
遅刻してきた住職は到着後速やかにお経をはじめたのですが、動揺して一瞬混乱したのか、故人の名前すらモゴモゴ言ってごまかす事態になっていました。
これが逆の立場だったら消えてなくなりたい気持ちになるであろう重大ミスですが、住職ともあろうものが読経後に言い訳をしたのにもビックリでした。
住職の説明
通常通夜は18時開始が一般的ですが、家族葬なので少し早めて17時開始で日程を組んでいました。
18時近くに到着してお経をあげ、住職からひとこと挨拶があるときに遅刻の理由も合わせて説明していたのですが、なんと部下が時間になっても声をかけてくれなかったからというようなことを言っていました(その部下のお坊さんも一緒に来て読経してました)。
お坊さんでもこのレベルの言い訳をするものなんですね…。
部下の前なんだから、普通はむしろ部下をかばうくらいしてもいいのではとも思う状況ですが、家族全員これにはドン引きしました。
ミスの原因
何が悪いって、そもそも自分で時間管理していないのが悪いですよね。
自分で時間管理していないっていうことは、自分の一日の流れをちゃんと把握しながら、複数あるタスクの優先順位をつけて仕事できていないということ。
そうなってくると、自分の力でミスを回避できないっていうことであり、他人に依存することになってしまうので、それってすごく危険なことです。
仮に自分で時間管理していなかったことには目をつぶったとしても、部下のミスは自分の指導ミスであり、マネージメントがちゃんとできていなかったということ。
これは明らかに上司の責任です。
ミスを回避するには
自分のスケジュールは自分自身で管理しないといけません。それが責任ってものです。
他人に依存してはいけません。自分でコントロールできる状態にしないと。
それでも、どうしても部下の協力が必要な状況があるのであれば、ちゃんと部下が期待通りの役割をこなせるように、しっかりとマネージメントすること。
お坊さんの遅刻から自分自身で反省したこと
私も会社である仕事を担当していたときのこと。仕事量が圧倒的に多いプロジェクトを担当したときに、数名のアシスタントに手伝ってもらうということがありました。
事情により、私自身はなかなかそのプロジェクトに労力を費やすことができず、アシスタントに仕事を任せる場面が多くなってしまいました。
締切が迫る中でタイトなスケジュールだったこともあり、その仕事のできはあまりいいものではありませんでした。
後々その仕事のクオリティから問題が出てきたときに、私は今回の住職のように、「私がやった仕事ではないから」というような言い訳をしてしまっていました。
それって、自分が直接的にミスしたのではないという説明はできますが、それ以上にアシスタントがきっちり仕事ができるようにマネージメントができていなかったことをさらけ出しているようなものですね。
言い訳がましいことを言うと聞いてる方も「言い訳言ってるわー」と思うし気分もよくないですよね。
逆に、自分のマネージメント不足を潔く認めて、問題をどのようにリカバリーするのかを明確に説明する方が大切で、聞いてる方にも印象がいいですね。
まとめ
ミスを潔く認めることってなかなか難しく、勇気のいることです。
できることなら何とか誤魔化したいと思いがちです。
でも、言い訳はやっぱり見苦しく、むしろミスを認めてそのリカバリーまで速やかに対応できる人は印象がいいし、結果的に仕事もできる人だという印象にもなるので、今回のお坊さんの例を教訓にして今後の仕事や日常に生かしていこうと思います。